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議会解散投票決起集会

日時  2010年1月30日(土)10:00−
場所  安土町公民館大ホール
出席者 50名+
講師  青森県議会議員    古村一雄氏(元浪岡町長)
     自治体問題研究所  池上洋通氏

     池上洋通氏 講演資料(pdf 5p)   講演記録(pdf 16p)
 

1.白木代表挨拶

 議会解散を問う住民投票が1月25日に告示された。20日間の長丁場ではあるが、合併推進派は積極的に街宣活動を行っている。本日は皆様にお集まり頂き、旧浪岡町の最後の町長(現青森市議会議員)の古村さんと、自治大問題研究会の池上先生のお話を聞き、私たちの運動に勢いをつける決起集会としたい。
 

 池上先生は地方自治に関する研究者として非常に有名な方である。昨年4月19日に文芸セミナリヨで私たちが集会を開いた際−−−津村(前)町長と合併推進派議員がセミナリヨホールの入り口に居座り、妨害した一件−−−の際にも御講演を頂いた。その時に、私たちの運動=直接請求により町長を解職し、新しい町長を選び直すことにより、合併賛否を問う住民投票を実現し、合併中止に結びつけたい=の意味づけが確認でき、今日まで運動を続けて来られたと云っても過言ではない。今日、再び、先生の話をお聞かせ頂き、議会解散投票への勢いを付けたい。

 古村さんには何度も安土に来て頂き、いつも元気づけて頂いている。安土が心配で心配でということで駆けつけて下さったが、偶然、池上先生の講演を予定していた今日に重なってしまった。大変勿体ないが、両手に花である。

 時間が限られているので、早速先生方のお話に移りたい。




2.古村一雄氏 議会解散投票に向けてのメッセージ

 御承知の通り、浪岡は青森市の一部になってもうすぐ5年になる。浪岡の住人は、いまだに不満たらたらである。「青森市になって良かった」という人はいない。
 安土では、合併推進派が「合併は覆らない。」と云って回っているという事を聞いた。私たちも同じ事を云われた。安土がひっくり返れば浪岡も希望が持てる。私はなんとしても浪岡を復活させたい。安土の人達が先に道を切りひらいてくれるのではないか、という期待を持って、今日もお邪魔させて頂いている。

 今日は、自治体問題研究所の池上先生が、合併の本質や安土の町を如何に守るかという点について、法的な問題含めて講演下さるとのこと。私は元々は昨日来て、その日の内に浪岡に帰るつもりだったが、今日、池上先生の後援会があると聞き、帰るのを一晩遅らせることにした。

 今朝は、久々に、すがすがしい朝を迎えた。浪岡は吹雪とのこと。私の家の周りにも60cm以上、雪が積もっている。安土と浪岡は、このように気候も違う、距離も遠く離れている。しかし、小泉内閣が強引に進めた平成の合併製作によってもたらされた苦しみを共有している。そういう意味で一心同体だと思っている。

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 浪岡は合併5年目になる。浪岡は青森市の1/15の人口しかいない。しかし私たちは、昨年4月に念願の「私たちの市長」鹿内市長を当選させ、合併検証委員会を発足させた。

 合併は、浪岡、青森の両住民にとって幸せをもたらすのか 不幸になるのか? それを検証したいということで2ヶ月に一回のペースで会合を開いている。しかし合併賛成派の意向もあり、検証がどういう形で進むのかは?である。合併検証委員会では二つの方針が対立している。

 合併推進派は、合併をしてから、合併前に交わされた約束が、どれだけ実行されているのか?を検証しようと主張している。

 一方浪岡側は、分水嶺で隔てられた浪岡と青森とが合併するという話を、何故、誰が、何処で、どうやって持ち出したのか。青森は何故、平地続きの海側の平岡町との合併を破断にさせて、分水嶺を超え、生活圏が全く異なる浪岡に向きを変えたのか、その動機と経緯を検証したいと主張している。

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 私は、なんとしても分町して浪岡町を復活させたい。浪岡は北畠親房が作った 日本の中世に成立した町である。安土城趾と同じように北畠城跡は国の史跡になっている。北畠は元々は公家、一方安土の織田信長は戦国武将青森の戦いでは譲るところもあったが、安土の戦いは扇動的で短気だ。

 この正月も一日たりとも安土のことを忘れてはいない。安土を訪れたい。安土の雰囲気を味わいたいと考えていた。

 青森県の人口は140万人だった、今年は138万人、この春には137万人台に減るだろう。
 滋賀県の人口は140万人台、しかも人口は増えている。
 青森と滋賀の違いは正反対だ。

その貧しい青森県の議会が議員研修で、静岡、京都、滋賀を見学するということになり、研修の途中で安土に寄れる機会があった。青森県議会にはいつも文句を言っているが、今回ばかりは研修先を滋賀県にしてくれたので、そこだけは感謝している。また、その巡り合わせからも青森県と滋賀県、安土町と浪岡町は赤い糸で結ばれているのではないか、そういう思いを持っている。


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 安土の皆さんは、今、新しい戦いを進めている。

 議会解散の直接請求に取り組む、それを井上佐由利議員から聞いたときには、これは悩ましい戦いになるのではないかと感じた。私には勝ち負けが見通すことができなかった。しかし、皆さんは、この果敢な、大胆な、ある意味、無謀とも云えるこの戦いを選んだ。

 勝ち負けを見通すのは困難だ。一人の町長の解職、これはある意味簡単だ。しかし4人の同志(議員)が、自らを否定する議会解散という手段を選択した、4人の議員さんが自分をやめさせるために走り回る。これは大変悩ましいことだ。4人の議員さん方の御苦労を思いはせる。

 皆さんには、合併までに残された時間はあまり無い。

 皆さんは、法律で定められた署名期間を短縮して、なお3600筆以上の署名を集めることに成功された。この結果には、ただただ驚くなかりである。署名が成立したときに 青森で喜んだことをはっきりと覚えている。安土の町民の皆さんが「みんなの会」に寄せている信頼、慕い、それは揺るぎなく一貫している。

 2月14日の 議会解散是非を居求める投票で皆さんが負けることは無い。
 間違いなく議会解散の成立を勝ち取るだろうという確信を持っている。

 住民投票条例の制定を求める署名から、町長リコール、出直し町長選挙、そして今回の議会解散署名と、ほぼ安定して4000前後を集めている。そのことは、安土町の住民が皆さん「みんなの会」に間違いなく、揺るぎない信頼と慕いをよせていることを物語っている。2月14は、間違いなく4000台で勝利する。間違いないと思っている。

 しかし、心配なのは安土が信長ゆかりの地であることだ。信長の最後はご存知の通りである。天下統一という本懐を告げる直前に部下が反乱を起こし突然夢を絶たれることになった信長。よもや、そういうことが現代の安土にも、と心配が大林町長の家にお世話になりながら頭をよぎった。油断は大敵である。十分注意して頂きたい。

 この二年間、長い戦いだった。その戦いは後2ヶ月で終わるかもしれない。議会リコール選挙に勝ったら勝ったで、次は、もう一度、出直し町議選に取り組まねばならない。出直し町議選では何が何でも過半数を握らなければならない。それは大変な作業になる。しかし皆さんはあえてそれを選択した。3月20日の安土が続くまでの許されている期間、迷う事無く走り続けていく、そういう決意が必要である。

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 池上先生が御講演で触れることになると思うが、今、「地方分権」という言葉が大流行である。自民党政権において、小泉首相がこれを叫んだために平成合併が進められた。民主党は「地域主権」と云っている。地方分権と地域主権、何処が違うのかよく解らないが、共通しているのは、どちらも流行言葉にはなっているが、現実の物にはなっていないというところである。

 この国の法律では、国が上位で市町村が下位に位置づけられている。中央集権、上下解脱という古い国の仕組みが残っているのである。その証拠は皆さんが身を持って体験してきたところである。

 皆さんは、この2年間、合併推進派からはカネの無駄遣いだ等と批判されながら、その中で活動を続け、直接請求の署名を何度も成立させてきた。何回も何回も戦い続けながら、安土の民意がはっきりしていながら、しかも相手側もそれを認めながら、依然として庁内の賛成派も、近江八幡市も、県や国の役人も「合併は手続きが整った。覆らない。」と繰り返し述べて皆さんを諦めさせようとしている。

 私は、毎日インターネットで検索して安土に関する新聞記事を読んでいる。新聞記事もまた、最後に必ず「合併は覆らない」と載せている。まるで、無駄な抵抗をやめなさい、と諭しているようにも思える。にもかかわらず、皆さんは全国でも例のない議会解散を求める戦いに立ち上がっている。


 私たちの戦いは、一度勝利で終わるわけではない。すべて勝たなければ、全て勝利しなければ、私たちの民意は国にも県にも市にも認めて貰えない。

 町長リコールで勝った。合併反対派の町長を当選させた。それでも、今の議会解散投票で破れると、今までの勝利が全て、一瞬にして消えてしまう。まるでオセロゲームのように

 しかし、権力側は、町長リコールで負けても、出直し町長選挙で負けても、この次の議会解散投票で解散反対を勝ち取れば、いままでの負けもオセロのようにひっくり返せるのである。
 相撲に例えてみれば、私たちは全勝しなければ優勝出来ないが、相手は一勝でもすれば優勝出来るのである。これが日本の不公平な法律である。日本国憲法で国民主権があるとい良いながら、実際には極めて厳しい戦いを余儀なくされるのである。

 安土は浪岡以上にキツイ戦いの真っ直中にある。何回も云うが、戦は全て勝たなければならない。そうしないと望みには到達出来ない。権力側は負けても負けても負けても、ある時期で一勝すれば、今までの負けが勝ちに変わり、我々の戦いは泡と消える。それを肝に命じて取り組んで欲しい。
 直接、手助け出来ない私が、こういうことを皆さんに云うのはたいへん心苦しいが、どんなに苦しくとも困難であろうとも、絶対に勝って欲しい。皆さんの御奮闘を期待する。

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 大林町長をひとりぼっちにしてはならない。大林さんの当選後の新聞記事をよく読む。謝っただの、前言を翻しただのという記事も出てくる。しかし−−−信じて、支えてあげて頂きたい−−−大林さんの信念はいささかも揺らいではいない。

 大林さんは安土の誇りを一時たりとも忘れてはいない。近江八幡との困難な話し合いの中でも、間違いなく安土の復興を目指し、安土の誇りを背負って立っている。皆さんは、マスコミ報道や新聞記事に惑わされず、大林町長を支えなければならない。議会解散を成し遂げ、最低6名の合併反対派の議員を誕生させ、合併反対多数の議会に作りかえ、大林町長と共に合併中止をギリギリまで追求するのは、けっして無駄な事ではない。それは必ずや安土のためになる。

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 浪岡では、町長解職〜出直し町長選までしか出来ず、中途半端な形で合併期日を迎えた。今でも、浪岡の人は誰も自分が青森市民だと思っていない。旧青森市の人も浪岡町を青森市民とは思っていない。「あなたがた市民」、合併して5年たつが誰もそういう呼びかけかたはしない。
 オカネのないこの時代である。青森市の財政はたいへんだ。旧青森市民は「浪岡にだけオカネを使っている」と批判する。田舎の、地元の人しか利用しない浪岡駅に10億円も投じたり、浪岡のリンゴを守ると云って、25億円もする大きなリンゴ用冷蔵庫を作っても、管理する市役所が大変なだけで、全くの無駄遣いである。

 合併しても、旧青森市民も旧浪岡町民も幸せではない。無理矢理に合併させられた浪岡は勿論不幸だが、旧青森市民も、浪岡をかかえているだけで不幸である。
 安土と近江八幡とが合併しても、安土の人達は不幸なまま合併させられたことを恨み通すだろう。近江八幡市民もまた、安土に不平を云うだろう。これは間違いない。
 安土の皆さんの持つ誇り高い気持ちについては、何回来ても心を打たれる。安土の豊かさと誇りを持ち続けながら、今後の戦いを勝ち続けて欲しい。そうすれば浪岡にとっても良い結果となると、私は信じている。




3.池上洋通氏 講演

講演資料「住民の力で安土を守る 市町村合併政策の破綻と安土の未来」(pdf 5p)

池上洋通氏 講演記録 (pdf 16p)


 今日は朝4時に起床して安土にお邪魔した。実は大林町長の当選以来、月に一回のペースで安土町役場の職員研修の講師を務めている。合併が決まっている町で、こんなことは初めてである。これは大林町長の思いである。今から、今後の見通しも含めて、皆さんの運動の意味づけにつながる話をしたい。

 全体は資料に従い
   第I部  市町村合併政策の破綻
   第II部  市町村の配置分合の法的な根拠と住民投票による決定
   第III部 合併をめぐる議論
 の構成でお話しする。


 平成の合併が本格化したのは2001年、平成13年頃からだ。当時から私は政府や合併しようとする市町村に招かれて、話を聴いてきた。そういう経験の中で、合併を進めてはダメだという深い確信を抱いた。

 平成の大合併は、財政危機論の圧力にもかかわらず政府の思うように動かなかった。政府の目標は1000市町村まで減らしたというものだった。これは西暦2000年、H12年の12月1日に森内閣が閣議決定した内容である。実際には現時点で 1751市町村 すなわち政府の目標は達成出来ていない。

 なぜか? 現場で批判が広まったから、「政府の云うことは変だ」と誰もが感じだしたからだ。
 全国町村長会の山本会長(福岡県添田町の町長)の言葉(資料参照)にそれが現れている。
 そこには「合併のデメリットが合併の成果を上回る」とハッキリ述べられている。全国町村長会は合併には従来から批判的であったが、表面上は「各町村の自主性にまかせるべきだ」という立場をとっていた。それがこの時、はじめて、明確に「合併はダメだ。」と云った。


 全国の合併した地域で、合併に対する不満が噴出した(合併してみないと合併に対する不満は云えない)。平成の合併では、合併してから10年間は種々の優遇策がある。つまり政府が面倒をみるぞ、と行っている期間である。平成の合併がスタートしてまだ10年は経過していない。つまり今はまだ優遇策が生きている期間中である。それにもかかわらず不満の声がこんなにも広がってきている。

 私は全国で「合併するな」と云って歩いてきた。合併してしまった所にも招かれることがある。皆一様に「しまった、なぜこんなことに手を出してしまったのか」と悔やんでいる。

 その最大の理由は「借金」にある。御承知の通り合併特例法では、合併特例債、合併推進債という借金の制度が設けられた。合併すると「有利な借金」が出来ると宣伝された。しかし、借金は借金である。しかもこの借金は返し方まで法律で政府に決められている。
 一般家庭で住宅ローンを組んだら、住宅ローンを返すことを中心にした生活を作ることになる。それと同じ事だ。それを今、合併してしまった全国の自治体が味わっている。そういう現実をしっかりと見なければならない。。

 昨年6月に、内閣に地方制度調査会が設置された。地方制度調査会の審議・答申を得て政府は法律を立案するという仕組みである。

 第29次地方制度調査会が2009年6月16日に「合併推進政策をやめるべきだ」という答申を出した。合併した結果、

 ・自治体規模が大きくなり、住民の声が届きにくくなる
 ・周辺部が取り残される
 ・地域の伝統・文化の継承・発展が危うくなる

という懸念が現実かしてきていることがその大きな理由である。

  資料2p上   合併した結果出てきた問題点  p2の四角の中


 政府が、これまでの合併推進政策を今年(2010年)の3月に止める、と云っているのに、それを強引に「やる」と云って進めているところがある。どことは云いませんよ(笑)。誰が見たって、これまでと同じ事はできないと云っている。どうして、こんな時期に、こういう方々(優秀な研究者だった知事や、役人が)合併を進めようとするのか、実に不可思議である。

 皆さんには、はっきりと頭に置いておいて頂きたい。

  合併政策は中止になる。
  少なくとも政府も今後は、これまでどおりのやりかたでは進めない。
  そもそも合併推進法は時限立法だったのを、ずるずる引き延ばして今日まで来た法律だ。

 安土の皆さんが、今、懸命に戦っているその姿は、決して孤立したものではない。今の政府の方針そのものを具体化した行動に他ならないのだ。

 昨年6月は、まだ自民党公明党政権だった。その時に、つまり政権交代とは無関係に、合併を強引に進めてきた政策の矛盾が表面化してきて、このままではマズイということになった訳である。自民党政権、民主党政権というところとは無関係に合併政策の中止は決まった。

 安土は、地方自治の真っ直中を走っている。そのことを はっきりと頭の中に置いて、運動に取り組んで頂きたい。

 地方制度調査会が合併政策を中止すべきという答申を出した昨年6月に滋賀県議会は安土と近江八幡の合併承認の議決をしている。なんで?どうして? 大変に残念なことだが滋賀県の態度は非常に無責任だ。滋賀県の幹部には国(総務省)から派遣されていた人もいたはずだ。そういう人がいて、それなのに一体何故だ、それはないだろう、と率直に申し上げたい。

なんで?

 滋賀県の態度は 残念だが 無責任。滋賀県の幹部には国から来ていた人(澤田副知事、総務省からの出向、県議会で、津村安土町長リコールの最中に合併議決をするのは如何なものか?とのつっこみにしどろもどろになっていた嘉田知事の答弁をサポート、県議会の議決直後に滋賀県に辞表を出し、総務省に帰った)がいた。それはないだろう と率直に申し上げたい

なによりそれを皆さんに申し上げたかった

安土は 日本の地方自治の大道を歩いている。


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第二部

 もともと、市町村合併とは、どういうことだったのか?

 地方自治法に定められているのは合併だけではない。自治体の分割や分立といって自治体を小さく分ける制度も作られている。

 俗に「対等合併」と云われる制度は、元の両方の自治体を廃止して、新しい自治体を作るという制度である。はじめから新市の名前を決めているなんてことは、本来やらない。

 地方自治法には自治体を大きくする制度だけではなく、小さくする道もある。配置分合:地方自治法の第7条

2pの下の四角   3.地方自治法の規定


 自治体の枠組みは自治体は自己決定=自治体が自主的に自由に決めることができる。


4.政府の推進政策

 2p下〜3p


 自治体は「自己決定」できるということであるが、こうした制度の中で「自己決定」とは、誰がどうやって決めるのが適当なのか?ということになる。住民の代表機関である町長と議会に委ねるのかどうなのか?ということだ。
 その時の選挙で、合併が既に公になっていて、合併賛否が明確な争点になって、投票は行われて新しい代表機関(町、議会)が選ばれたとするならば、住民が合併賛否を代表機関に委ねたことになる。

 はたして、今の大林町長の前の町長さん(津村前町長)を選んだ選挙は、そういう選挙だっただろうか?

 もうひとつ重要なことは、そういう大事なことを、他の政策と同じ扱いの議決で良いのか?という点である。

配置分合は、自治体の在り方にとって重大な性格を持つ。 資料3p中程〜

  自治体の面積 人口 これらは一時的ではなく 恒久的に影響を与える。
  地域社会、人間関係、自治体の生産活動に大きな影響を与える。
  社会的  歴史的  に大きな影響を残す。単年度予算を決めるような安易な決め方で良いわけがない。
 この中(会場)で青年団に入っていた、という方はどれくらいいらっしゃるか?

 私は、日本青年団協議会の役員を40年務め、その間に全国を歩いた。
滋賀県では琵琶湖で「成年の船」というのがあった。滋賀県談団結成40周年の催しに招かれ(1993年)た際には、「成年の船」を日本海でやりたい、ということになり、その年が国際先住民年だったので、日本の先住民の方々と話し合おうということで舞鶴を出航し、北海道に向かった。夜、日本海で満天の星空を眺めながら青年団の方々と語り合ったことを鮮烈に覚えている。

 青年団は地域の歴史的な祭り(氏神様)を支えていた。全国の祭は青年団が担っていたと云っても過言ではなかった。昭和の合併で、全国の祭の7割が消えた。市町村合併と同時に青年団が合併させられ、地元密着型の組織が消えたのが原因だ。氏神祭が出来なくなった、これは大きなショックだった。

 平成の合併で、本気になって守らねばならないものは何か? 私は、それを全国に訴えて回ってきた。

 全国の祭、それは地域社会の人間関係を確認しあう催しだった。そういうものを消していくと地域の人間関係がバラバラになって行く。櫛の歯が抜けるように人間関係が消えていく。その町を出て行った人達が帰ってくる故郷が無くなって行く。

 配置分合議案が扱う内容は、今年度の予算はこうしよう、というような単年度の政策を決める議案とは全く異なり、恒久的に人々の生活に影響を与える問題である。

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 全国各地で、こういうことは住民投票を、少なくともアンケートを行って決めようということで進められてきた。明治時代から今日まで、自治体の合併は続いてきたが、平成の合併では、かつて無い数の住民投票が各地で行われた。H16−17年の近江八幡市との合併協議では安土でも住民アンケートが行われ、6割以上は反対ということで合併を取りやめたはずだ。何故、それをひっくりかえしたのか? 住民意志は明らかだったはずだ。そしてそれに基づいて一回は合併を中止するという判断をしているではないか。これは一体どうしたことか。

 当時の町長も、合併は住民意志に基づくべきだと思っていたはずだ。解っていたから住民アンケートの結果を受けて合併を中止したはずだ。それが、なぜか再び(一度否定した)近江八幡と合併する話になって進んでいる。誠に不可解だ。

6.住民が行う投票の形とその意義  資料3p 下


 (4)に住民投票条例がある

7.解散投票の意義  資料4p

 議会解散投票には 是非、勝ってくれ


 ここで解散投票の意義について説明しておきたい。

 解散投票では是非勝って欲しい。議会解散が成立すれば議会選挙になる。
もともと合併を中止するかしないかで議会解散した結果としての選挙であるから普通の議会選挙とは性格が異なる。争点は一点のみ、合併をどうするか?である。従ってこの選挙は、住民の市町村合併への態度を表す、そういう選挙になる。

 候補者の公約に、明確に、合併をどうする、ということがうたわれないと選挙の意味はない。よって選挙の結果は住民投票と同じ意味を持つ。候補者が明確に合併中止の公約を掲げて、それで選挙を行うことになる。
もちろん勝って欲しい。仮に皆さんが6議席取れば勝ったということになる。その段階で安土町民の意志は明確になるから、選挙結果は住民投票と同じ意味を持つ。改めて住民投票をする必要は無い。議会リコールから一貫して、みんなが団結すること。その団結が多くの人々の心に届き、大きな波になって行くか、で結果が出る。

 改めて住民投票や住民アンケートをする必要は無い。

 勝ったらどうなるか? 総務省の告示との関係が問題になる。議会が合併中止を決議すれば、それは日本の歴史で初めての例になる。一体どうなるか前例は全く無い、総務省はものすごく困るだろう。なんてことしてくれたんだ!!ということになる。そうなると、新しい法解釈が必要になる。

 議会で合併を中止する。合併を白紙に戻す。という決議が出たとする。それを安土町長が告示する。町の掲示板に貼りだし、県と国に通知する。政府がどういう反応をしめすか?、それは予想出来ない。

 政府を揺り動かすチカラは、議会リコールから議員選挙までの戦いの結果、皆さんが意志を如何に明確に表すか、にかかっている。6議席取ればいい、じゃなく、8議席取るくらいでがんばって欲しい。日本の地方自治の歴史の中で初めての出来事を、民主主義のチカラで勝ち取る、そういう戦いになる。


 こういうときには「みんな仲良く」やるべきだ。敵を作らないことが大切だ。演説で叫ぶのだ。「これからもずっと仲良く、この地域で生きていくのだ」と。一人でも多くの味方を増やすことが大切だ。良い形で勝つためには、それが一番大事だ。

 長く続いてきた安土の歴史、これからもここで日々の暮らしが続いて行く。10年たって、本当に良ければ、その時に合併すればいい。だから、ここで合併中止して(合併中止、すごく良い言葉だ)一度立ち止まって考えよう。

 そのことを、心の中に深くとどめて考えて欲しい。誰もがこの町の兄弟だ。誰もに幸せになる権利がある。そのことを本気になって考えて欲しい。右左ではなく、心に染み渡るような話し合いを、しっかりやって欲しい。

 そして、もし残念なことに合併してしまったら分立に行くしかない。隣町の市長は合併期間は4年と2年とかでもいいと云っているらしいが(むちゃくちゃなやっちゃなあ、と思うが)皆さんの熱意を認めざるを得なくなっているのだ。

 本来の意味の力関係、豊かな人間関係を広げていって、安土の住民の思いはこれなんだという結果を作っていただきたい。(強引じゃダメ、心の結びつきが大切)


第III部  合併をめぐる議論 議会構成、地域自治区

 新市の将来の改選議席数は24になる。人口比からして、安土から出せる議員が3−4人になるのは小学生でも解る。
 静岡県の(新)浜松市は13の自治体が合併した。その中には人口3000人だった自治体もある。浜松市は合併して人口100万人の政令指定都市になった。さて、3000人しかいなかった(元)村地域から議員が出せるか? 事実上無理である。そういう地域の人は「しまった」と云っている。程度は違うが、大小関係がある自治体が合併すれば同じ事になる。


 新市で、誰が市長になるか?あんまり云いたくないから云わないが、安土から新市長を出すのは決めて難しいと云わざるを得ない。

 ここに安土地区に設置される予定の地域自治区に関する書類がある。「地域自治区」は、現行の地方自治法と、合併特例法の両方に記載があり、安土町の政策推進課の方々が、それらの法律を見ながら、安土の良さを守るために地域自治区はどうあるべきか、ということで作った案がこれである。


 そういう努力が成されているにも係わらず、この地域自治区という制度の中身はどうなっているか?ということについて説明しておきたい。

自治区は条例によって決める。となっている。
 では、その条例はどの議会で作るのか?、合併直後には安土と近江八幡の二つの議会をそのまま併せるこおtになるが、それでも近江八幡の方が多い。次の市議会議員選挙の定数は24、安土から出せるのは先ほど確認したとおり3−4人。つまり、その議会は、いつでも安土選出の議員を無視して条例を改正出来るのである。

自治区の委員である会長、事務所の所長=職員、地域協議会の委員、これらはみな市長が選ぶことになっている。公平に選ぶと書いてある。公平に選ぶとはどういうことか?近江八幡市の市長は市全体の長である。安土地区の利益だけを優先して選ぶことは出来ない。「公平」は、いったい何に、どちらに対して公平か?ということになる。

市長が、地域に配慮した委員を選び、地域協議会で良い提案が出たとする。しかし市の予算は市長が提案し市議会が決定する。その事をハッキリと認識しなければならない。(安土地域の予算を審議するのは、近江八幡市全体の市議であるということを)


最も大事なことは

 地域自治区が置かれる期間が10年間と定められていることだ。その後はどうなるか?何も書いてない。何も書いてないということは無くなるということだ。無くなると、一体どうなるか? 

 地域自治区が置かれる期間が何故10年間なのか?合併特例法での特例があるのが10年間だからである。しかし肝心なのはその後だ。特例に基づくサポートが無くなったあとの住民の生活がどうなっていくか、が最も重要な事柄なのだが、それについては全く触れられていない。

 地域自治区は、現行の地方自治法でも規定されている。仮に地方自治法に基づいて安土の地域自治区を残そうとすると、同じ地域自治区を近江八幡市全域に作らなければならなくなる。安土自治区の人口は12000人。近江八幡市にはそれより大きい地区も小さい地区もある。それらが皆同じ地域自治区となる。そうなれば、安土自治区を特別扱いすることは出来なくなる。

 今までは、安土のことは安土で決めてきた。決めた責任も安土で取ってきた。
 それが人口比で 12000/80000になる。

 そもそも、何故、合併をしておいて、地域ごとに「地域自治区」というものを作って、わざわざ特別扱いしなければならないのか???

 特別扱いする必要があるくらいなら、最初から地域自治区など作らない=合併しなくても良いということだ。この地域自治区という制度、もの凄く、おかしい制度だということをお解り頂けただろうか。

 もし、安土が合併せずに残ることができたら 是非、安土町内に地域自治区を作って欲しい。安土の小集落の数は全部で36、それくらい作って良い。それを画に地域社会の組み立てを行っていって欲しい。


最後に財政の話をする。

 安土の財政は大丈夫なのか? (合併推進派は、将来やっていけない、とか立ち行かなくなるなどと脅してきた) 安土は貧乏か金持ちか、財政的に大丈夫なのかを示しておきたい。財政力指数という指標がある。

資料6pの表1.財政力指数で見た都道府県・市町村の数とその割合


 自治体が最低限やらなければならない仕事に必要な経費を基準財政需要額という。大雑把には年間予算の半分位である。これが無いと自治体はやっていけない。日本の地方自治制度では、税収が、そこまで足りなければ足りない金額をそのまま渡そうという制度を作った。そのオカネで地方自治体として最低限必要なことは自治体でやっていただこうということだ。それを地方交付税と云う。各自治体では、毎年、この基準財政需要額を算出している。

 財政力指数は、理想的には 1.00 (基準財政需要額=税収)であるが、そういう地方自治体は極めて例外的である。

 安土町は、町村の中では上位に位置する。超優等生とはいえないが、十分に優等生の範疇にある。さらに驚いたのは、

 資料7pの上 表2.決算に見る安土の財政力

 H13−19年にかけて財政力指数が上がってきているということである。
 H20年には0.62になると聞いているので、このトレンドは変わっていない。

 財政問題で合併しなければならない、と云われている自治体の財政力指数はもっと低い。これまで相談受けてきた所では 財政力指数が0.2や0.3のところばかりだった。しかも安土では財政力指数が上がっているという過程で合併しようとしている。

 変わっているというか、変人というか、こういうところは初めて見た。いったい、何事が起こっているのか?という気持ちだ。


 財政力指数が1.00を超えている自治体は、原発や火力発電所があり、そこからの税収が豊かなところ。つまり例外である。地方の自治体はの財政力指数は、どこでも低い。

 何故、地方の財政力指数が低いか? それは地域地域をささえている第一次産業を破壊してしまったからだ。それは日本の食糧自給率の低さにもつながっている。

 地方交付税を補正予算で1.1兆円積み増しすることが昨日(1月29日)決まった。このまま地方が衰退したら日本の国土が危ないという危機感があらわれている。

 日本の農業が今以上に衰退したらどうなるか?

 都道府県別食糧自給率、東京都はわずか1%に過ぎない。東京に暮らす人達の胃袋を満たす食べ物の99%は他の地方から運ばれてくる。東京は、農村・漁村が無ければ一日も成り立たない。その東京が日本の経済を握り、冨を集めている。そのを地方に回すのが地方交付税だ。卑屈になる必要はなく、堂々と受け取れば良いのである。

 鳩山首相は「地域主権」と云っている。決してお飾りではない。地方が衰退すれば日本の国が危なくなるということが解ったからだ。


最後に 資料7pの一番後ろ


自力で開く町作りを進めて欲しい。
町の歴史を無にしないような進み方をして欲しい。
住民参加で町作りを進めて欲しい。


「この地球上に安土はただ一つしかない。」ということを思って


4.行動提起 と お願い

・寄せ書き


・街宣カー運転手
・「議会解散に賛成」ポスター
・「議会解散に賛成」カード
・「私を期日前投票に連れてって」キャンペーン

5.「がんばろう」三唱



update 2010.02.12.

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急ぐな合併・守ろう安土みんなの会
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